石田僚子さんと麻里さんの死

南 悟

 救えなかった命。
 二人はともに七月が命日。石田僚子さん一六歳、麻里さんは一七歳。
 僚子さんは、登校中の朝、学校の鉄の門扉に挟まれて圧死。
 麻里さんは、一七歳になったばかりの翌月七月に自らの命をかき消してしまいました。
 麻里さんは、生きることが難しい生徒で、中学二年生の時期より、情緒不安定でリストカットを繰り返し、入院歴もあって安定剤を服用していました。
 中学時代の不登校を経て、定時制高校に人生のやり直しをかけて入学し、少しは前向きに生きようとしていました。
 それでも救えませんでした。
 高塚門扉事件につながり、石田僚子さんの死を無駄にすまいと、生き難い人生を生きる生徒を生かそうと関わりながら、一人の命を支えられなかった悔しさ。
 麻里さんが情緒不安定になり、自傷行為や自殺未遂を繰り返すことになった原因を彼女の死後に初めて知った無念。
 たった一人のかよわい女生徒を支えきれなかった私が、どうして石田僚子さんを追悼し、彼女を追いやったものの責任を追及できるのだろうか。長らく、考えが堂々巡りして気持ちが整理できませんでした。
 それでもなお、私の目の前にいる、生き難い人生を生きる何人もの生徒や若者との付き合いは続きます。石田僚子さん、麻里さんから受け継がれる命の火を絶やさず、どうすれば生きさせていくことができるのか、問い続けていきます。今はまだ、これくらいのことしか言えません。

(みなみ・さとし 元兵庫県立神戸工業高校)

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